Abstract | 虚血は細胞に死をもたらす重要な原因である. 虚血により細胞呼吸は低下し数分のうちに不可逆性傷害が生じ始める. 一方, 循環の速やかな再開は細胞の生存に必須であるが, 再灌流自体が細胞に傷害を与える. 虚血‐再灌流傷害を減らすために, これまで活性酸素消去, 白血球除去, 低体温法など様々な方法が考案されてきた. 虚血プレコンディショニングは1986年にMurryらが初めて報告し, 虚血‐再灌流傷害を抑制する最も強力な方法のひとつとなった. これは, 5分程度の短時間虚血を加えることで, その後の長時間虚血による傷害を抑制する現象である. この現象は心血管研究に大きなインパクトを与え, その後, 心臓の他, 脳, 肺, 肝, 腎, 骨格筋, 脊髄, 腸管でも認められている. 虚血プレコンディショニングは数分間で発現することから, すでに存在するメディエーターが関与しているとみられる. 局所に遊離するアデノシン, ブラジキニン, カテコーラミンなどが, 細胞表面の受容体を介して反応の引き金を引く. 細胞内シグナル伝達には蛋白キナーゼC(PKC), PI3キナーゼ_Akt, eNOSなどが介在し, 最終効果器としてミトコンドリアのATP感受性カリウム(KATP)チャネルの開口と膜透過性遷移孔の閉鎖が重要視されている. 薬物が同様の機序で保護効果を発揮する場合, 薬理学的プレコンディショニングと呼ぶ. すでに臨床研究に使用されているものに, アデノシン受容体作動薬, KATPチャネル開口薬, 揮発性麻酔薬, NO放出薬, などがあり, 前段階のものにインスリン, エリスロポエチン, シルデナフィルなどがある. セボフルランについては, Julierらが冠動脈手術を受ける患者で核内PKCの発現を認め, De Hertらは冠動脈手術で, プロポフォール麻酔に比べ人工心肺後の心機能の回復が良く, 術後のトロポニン1が低いこと, さらにICUの滞在時間も短いことを報告した. 今後, さらに有効な薬物の探索が進むことが期待される. 2003年にZhaoらはポストコンディショニングがプレコンディショニングと同等の効果を発揮することを報告した. 彼らの実験では, イヌの心臓で60分間の虚血の後, 30秒の再灌流と30秒の虚血を3サイクル繰り返して本格再灌流に移行した. これにより心筋梗塞サイズは約60%減少し, プレコンディショニングと差がなかった. その後, 薬理学的ポストコンディショニングも認められ, しかもプレコンディショニングの機序と共通性が高いことが見出されている. 予期せぬ虚血に対し再灌流時に投与できるという点で, 臨床応用の機会が増えるとみられる. プレコンディショニングが消失する状態として, 高齢と糖尿病が知られている. これらはその恩恵を特に必要とするものであり, これらの病態における保護機構の回復法を見出すこともまた臨床応用に向けて重要な事柄である. プレコンディショニングは細胞に内在する巧妙な保護機構を活性化するものであり, 虚血耐性の獲得に向けての可能性はさらに広がると思われる. |